REPORT

アメリカ人の視点で楽しむ門前町

2021年2月24日

2月19日(金)10:00-12:30

案内人 Lexi Harrison( レキシーハリソン)長野市商工観光部観光振興課インバウンド・国際室の国際交流員

プロフィール
令和元年の8月にアメリカのユタ州から長野市に移住。市役所で翻訳・通訳・異文化講座等の事業を通して長野市の国際交流を振興しています。

コース案内
長野に移り住んで1年半。伝統的な文化、現代のファッション、国際関係の視点から、私の好きな場所や店を紹介したいと思います。
※主に英語(日本語も可)で案内します

コース
楽茶れんが館

忍者大門
「忍者」は、欧米の文化にどのような影響を与えているのか?アメリカ人にとっての忍者の魅力をお話しします。

アトリエ アニョリカ
ロンドン・東京・長野で20年以上帽子を作ってこられた黒岩ゆみこ様のアトリエを紹介します。国際的な感覚が入っている帽子・アクセサリーを楽しみに行きましょう!

Shinkouji Cafe
国際的な雰囲気を楽しめるおしゃれな喫茶店。地元の作家さんが造る陶器や他の雑貨も購入可。コミュニティーの心が感じられる空間でいったんくつろぎましょう。

国際交流コーナー
もんぜんぷら座の3階にある外国籍の住民のために様々な支援を提供する施設に伺い、その支援とサービスについて学びましょう!

ブーンドルッグ体験
アメリカのサマーキャンプでよく作る手芸クラフトを作ってみましょう!

◆出発式 楽茶レンガ館

「みなさん、今日はいろいろな国際色豊かな人やお店や文化に出会っていろいろと感じてみてください!」

◆忍者大門

外国人忍者トーク。

店長:「私インド人。忍者すごく好きです。だから店手伝ってます。2月22日はなんの日だと考えますか?。ニンニン、忍者の日ですか・・・・・」←ちょっと忍者のつっこんだ話はレキシーに託そう。

レキシー:「アメリカでは、忍者はこどもから大人まで大人気です。私は、映画のほかに「NAROTU」のアニメで興味を持ちました。忍者は昔の日本のスパイだと理解しています。数々の忍術や武器を扱い、肉体的にも超人ですね。とても神秘的でかっこいい。決してでしゃばらす表にでてこないで黒子に徹する。日本人もそおいう奥ゆかしい心が残っていると思います。」

店長:「そのとおりです」

レキシー心の中でツッこむ「ヘイ店長さん、忍者ならそこは黒マスクだろ?」

《忍者体験コーナーで》

「では自信ないけどみなさんがそういわれるのなら、私が挑戦してみますかあ」

「一同、お見事 筋がいいね~!!」

前の参加者を横目でみていた方が、おれにもできると思ったのか「そうかそうか、わしもやってみるとするかのう、えいっ、やぁ、なぬぅ、ゲッ」。周囲のみなさん、だれも見てないふりをする。←師匠、出番そこじゃなかったです!

料金:5回投げれて200円

2Fが忍者体験ができるからくり部屋になっています。無料です(70kgオーバーの方は登れません)。

アトリエ アニョリカ

「店主の黒岩裕美子さん:帽子をかぶれば、いつもの自分とは違うこころもちになることができます。気持ちよくファッションを楽しんでいただけるようお手伝いしていきたいです」

「帽子をつくるために海外のデザインや加工技術を学んできていますので、そのよさを活かし日本人の皮膚の色や形体に合うように工夫して作っています」

工房ならではの仕上がりぐあいがいい風味です。アクセントやデザインは効かせつつも服を選ばないし飽きがこない。ひとつもってれば、重宝しそうです。オーダーもOkとのことですし、わたしもおしゃれ好感度UPを狙っていこうかな。←そこ、ハゲ散らかしている頭を隠したいだけだろ

黒岩さん「2坪のお店でなかなか入りずらいなと感じられているお客さまもおられますが、獲って食べたりしませんのでほんと気安くご来店くださればうれしいです」とのことでした!

◆Shinkouji Cafe

レキシー:「外国人はこのカフェはおしゃれだと感じています。私もリラックスしたいときにはここでくつろいでます。壁に描かれている落書きみたいなデッサンがまたかっこいいと思います」

奥のルームに案内していただきました。

店長:「この建物は昭和45年の築で、2014年に1Fをカフェ、2Fをオフィス、3Fをシェアハウスにリノベーションをして生まれ変わりました。人通りがすっかり少なくなってしまった新小路を、もっとおもしろいエリアにしようととのことで、4棟あった倉庫のリノベーション構想が立ち上がりまして(SHINKOUJIプロジェクト)その1棟の核テナントとしてOPENしました。計画当初からどの棟のスペースも入居者を決めたわけでもなく、どこからともなくここでやりたいな~という人たちが集まってきて緩やかに連携しながらつくりあげてきたところが特徴です」

◆国際交流コーナー&ブーンドルッグ体験

国際交流センターは2003年5月に開設。長野市在住外国人(近隣含)をサポートする機関です。生活する上でいろいろな困ったことに相談に応じたり、日本語講座や生け花といった文化講座も開催しています。日本語教室では来年度からオンラインを稼働する予定です。

スタッフの娜日蘇(ナラス)さん(右)と佐藤和子さん(左)です。自己紹介をお願いします。

娜日蘇さん:「わたしは中国国籍ですが、民族はモンゴル(内モンゴル自治区)出身です。ひと昔前まで1,600mの高原というか草原に住んでいまして、冬は半年あって4月~10月までで-30°にもなります。冬はじっとしていて夏に遊牧生活をおくります。草があるところを転々とします。トイレは自然です。食事は肉しか食べません。羊と牛です。豚は草を食べませんので連れていけませんので食べません。鳥もダメです。野菜は食べるのかって?それは羊が草を食べるのでそれで代替えしているつもりです。」

娜日蘇さん:「そんな草地もいまや人口や肉の需要の増加に対応するために家畜の数が急に増えまして、どんどん草を食べてしまい砂漠化が問題になっています。中国政府は遊牧民の定住化をすすめ、その土地に住みつきながら耕作と放牧を組み合わせられるように支援していますが、なかなかうまくいっていないのが現状です」

佐藤和子さん:「台湾をはじめ、いろいろな国に滞在歴があり、数か国語を話せます。これからも勉強しながら支援をしていきたいです」

お二人とも海外経験豊富な頼りになるスタッフさんでした。

◆ブーンドルッグ体験

レキシー、小学校のサマーキャンプで紐(またはビニール)を編みこんでつくったキーホルダーがかわいかったのでみんなにご紹介したいとのことでスタートしたのですが・・・

レキシー、昔のこととはいえ体で覚えていた記憶が飛んでしまい・・・

レキシー、とうとうアイムソーリーとなり、参加者はトゥギャザーしてゴーホウムしてホームワークすることになりました←お前はルー大柴か?古っ

そんなハプニングがあったにもかかわらず、レキシーの人柄に親しみをもった参加者さんからねぎらいの言葉が次々と。

ここ数年、トランプ元大統領の姿勢は米国の評判を傷つけ不信感を持った日本人は増えていて、日米間の信頼の回復は急務であって、民間の人的交流の範囲ではあるけどレキシーのように日本人をもっともっと理解し、協和を生み出そうと努力している姿をみているとほっこりさせられました。これからも日本、長野市との人的ネットワークのキーパーソンとして親善のためにどーかよろしくお願いします!

↑お前は長野市長か?

 

 

 

 

 

探訪 邦楽とお座敷文化

2021年2月15日

探訪 邦楽とお座敷文化

竹内 大介(たけうちだいすけ)週刊長野記者・箏曲師範

プロフィール
「ながの門前まちあるき」の同行取材記を月1回「週刊長野」に連載中。個人としては生田流箏曲と地歌を学び、演奏活動をしている。

コース案内
門前の邦楽(日本伝統音楽)にゆかりのある場所を巡ります。特に県内随一の花街だった権堂のお座敷文化(芸妓文化)にスポットを当て、邦楽の実演を聴く機会も設けます。往時の華やかさをしのびながら、邦楽の風情を楽しみましょう。

コース
楽茶れんが館

善光寺大本願
箏曲の流派の一つ「正派邦楽会」発祥の地

東町屋台蔵
祇園祭で使われる東町の屋台を収納

田面稲荷神社
田町の鎮守であり、芸妓や料亭の篤い信仰を集めたお稲荷さん

裏権堂通り/権堂アーケード通り/花柳通り/秋葉横丁
お座敷文化の名残を伝える権堂の街並み

こっとん
小唄や日本舞踊をするママの店
※コロナ対策のため「こっとん」から「権堂町公民館大広間」に変更になりました


◆出発式 楽茶レンガ館

「箏(そう)とは、おことの音楽の総称です。箏曲の古典的な音楽においては、箏と三絃(さんげん)、三味線の合奏曲でその大半が弾き歌いです」

◆善光寺大本願

「今や「正派邦楽会」は生田流箏曲の流派のひとつで、アメリカ支部を含む、全国11支部で組織する箏曲家のグループとしては最も大きな団体です」

「さかのぼること1913(大正2)年、初代家元・中島雅楽之都が善光寺大本願・大宮智栄上人の裁可を得て「正派生田流」をおこしたのが始まりです。」

案内人である竹内さんは伝統ある箏曲をしっかり後世に受け継いでいきたいと話されていました。正統な芸事を嗜んでいるだけではなく、伝承していこうと活動されているのですから厚みを感じます。私とは同世代なのですが、だんだんとかっこいいおじさんに見えてきました。ふつうは浅く芸事なんぞはじめませんでしょ?

ちなみに私はムエイタイを始めました←かなりの単細胞

「1978(昭和53)年に 「正派発祥の地」記念碑建立されました。」

↑過去に何度かまわった境内でしたが、まったくスルーしていました。文化に鈍いとはこおいうものに気づかないことなのですね。箏曲って「そうきょく」って読すそうですが、みなさんはハッキリと言えましたか、あやしいな~?

いい絵面になられている参加者がおられます。粋ですね~。テーマに合わせた服装でご参加されるのも「門前まちあるき」の楽しみ方の一つですね。

◆東町屋台蔵

 

初めて屋台を見られる参加者が興奮中!←鼻息、荒っ

「東町の屋台は1872(明治5)年に名工であった宮大工山嵜儀作(やまざきぎさく)のつくりでして、黒漆塗り、かざり金具をあちこちに使っています。先人伝説を題材とした数々の彫刻を見てもらうだけでも3倍楽しめます。」

「2輪車なので、そりゃ4輪車とは比較にならないほど重たいんです。だんだんと男衆が少なくなってきていて曳きまわすのが困難になってきました。時代なんですかね」

↑題材のなかで「瓢箪から駒」の場面もありましたが、駒って将棋の駒だと思うていたら笑われまっせ、馬ですから!←わたしはくるくる回すコマかと思ってました。私と同じだった人は出世はあきらめてください!

写真説明:東町屋台の天井を飾る彫刻「松に鷹」

参加者からのいろいろ質問が飛びかっていまして、なかなか幕引きできませんでした。

「この下を流れているのは鐘鋳川(かない川)、鐘鋳堰なのですが、裾花幹線導水路から取水した長用水路でして、善光寺平の用水の中では最古になるようです。開削はなんと平安時代とされています。農業をするにあたり大変貴重で重要な水でした。」

◆田面稲荷神社

「先の鐘鋳川(かない川)ですが、この辺りは稲荷神社がけっこう建立されています。この神社も水田に引水する用水のからみで江戸時代には農民の信仰が厚かったようです。」

「農民だけではなくて、立地がら当時の芸子さんや遊女のこころのよりどころになっていたようですね」

「こちらの玉垣をごらんください。ひと昔前ならだれもが一度は聞いたことのある料亭や芸子組合の名前がならんでますね。拝殿の案内板には「鐘鋳川」にちなんで「願いはなんでも叶う」とあります。しゃれた?語呂合わせですね」

↑わたしも旅記録を余所に、参加者に気づかれないように死角に入って手をすり合わせていました。←何願ったのかって?誰ひとり興味ねーだろ

◆裏権堂通り/権堂アーケード通り/花柳通り/秋葉横丁

↑裏権堂通りを旦那衆になったつもりでぶらつく男性参加者さん。もう一本西に郵便局がある表権堂通りがありますが、どちらかといえば、にぎやかだったのが裏だったそうです。裏が好き・・・男の本質は時代を経ても変わらないのですね。花街・権堂町の喧騒が響いてきます。

↑大正10年頃の権堂の地図です。のぞきこむと裏権堂通り(裏権堂町)に芸者屋が立ち並んでいますね。

↑現在の「みらい酒房」の場所に秋葉神社があったそうです。秋葉神社は場所を転々と変える数奇な運命をたどっています。いつの日かまた変わるのでしょうか?

「長野相生座・ロキシーは、120年余り前に活動写真を上映した、国内最古のともいわれている映画館です。いちばん最初の建物は1892(明治25)年に芝居小屋「千歳座」として建てられました」

「富貴楼は数年前までは料亭で、今の結婚式場ができるまでは昔女子たちのあこがれの結婚式場だったんですね。青雲亭は西隣にありました。」

また、お座敷がなくなってしまった~

だから絵になるって!

◆権堂公民館 大広間

案内人さんは最後に大舞台をご用意してくれました。いよいよ演奏が始まります。出演 春日とよ房衛(唄)/春日とよ信緒(三味線)/森田保廣(笛)/西田淳也(唄、鳴り物)/竹内敏大(三味線)でごらんください。「奴っこさんたよ~♪」ぴーひゃらら

「ハアコリャコリャ エー奴さんどちら行く ハアコリャコリャ♪ ピーひゃらら

小唄「白扇の」

端唄「木遣りくずし」

端唄「奴さん」

アンコールにこたえていただいて、さらにおいしいのを一曲いただしました。

最後に竹内さんは「みなさまに箏曲を聴いていただき感謝しております。ぜひともこの箏曲という文化が今後もこのまちに残こしていけたらなと願っています。そのためにも演奏させていただく機会がありましたらできる限りお手伝いをさせていただきながら皆様に喜んでもらいたいです」と言われました。

どんどんと文化というものが消えていく時代に、その文化が後世に受け継がれるために必要なことは、第一に再生が困難で残すべき価値があるということ。第二に真摯に伝えようとしている人材がおられるというになるでしょうか?その時々の権堂に縁をもった人たちがその特有な知恵、技、雰囲気?のバトンをつないできたことを想えば、権堂に今もわずかに息づく箏曲とお座敷文化の火を消してしまうのはもったいないと思うのは私だけではないはず。

竹内さん、出演者の皆様、文化継承への気づきと音の感動をありがとうございました。

 

 

 

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